薬用植物園


薬用植物利用の手引き

薬用植物を利用するための基礎知識と身近な薬用植物

第1部 薬用植物利用の基礎知識

薬用植物とは

「薬」という字は、「草」を用いて「楽」になれるもの、という意味の字です。つまり、疾病を治療するための医薬品だけが薬なのではなく、我々の生活を楽にしてくれるもの、楽しくしてくれるものの中に、「薬」という字が使用されています。例えば、病気を治療するためのもの以外の「薬」としては、雑草を駆除して農作業を楽にしてくれる「農薬」、花火などで私たちを楽しませてくれる「火薬」、素っ気ない食事に付け合わせとして使用される「加薬」などがあります。一方で、これらの「薬」は、使い方を間違えれば我々の生活には返って害になってしまいます。農薬は殺人事件で毒としても使用されたことがありますし、火薬も間違えて使えばたいへん危険なものです。加薬だけでは食事は全くおいしくありません。すなわち、「薬」とは、「日常生活の中で必須なものではなく、適切に使用すると我々の生活を楽にしてくれるが、誤って使用すると害を及ぼすかもしれないもの」ということが出来ます。
そのようなもののうち植物を利用するものを「薬用植物」と呼べば、薬用植物とは、それ自身を医薬品として使用するものだけでなく、主食にはしないが少量を食事に追加することで食生活を豊かにするハーブやスパイスなどの香辛料や、食品添加物の原料として使用される植物も含まれ、近年では医薬品ではない「健康食品」としてさまざまな薬用植物が利用されています。また、食用としないものでも、アロマセラピー(芳香療法)や香道などで使用する香料(エッセンシャルオイル、線香など)、化粧品、入浴剤、天然樹脂や染料の原料として使用する植物も、薬用植物と言えます。
さらには、植物それ自身を医薬品や我々の日常生活に利用することはなくても、その植物に有用な化合物(純物質)が含まれていて、その化合物が医薬品を製造するときの原料となる植物のことも、薬用植物として取り扱われることがあります。

以上のことから、薬用植物とは、「我々の生活にとって有用な植物のうち、日常生活(衣食住)に使用しないものすべて」と言うことができます。ただし、一部の食用の植物は、天然由来の医薬品である生薬の原料となっており、植物を薬用と食用に厳密に分けることは出来ません。

薬用植物は古いからこそ値打ちがある

文献をひもといていきますと、「古事記」には、ワニによって毛をむしり取られた因幡の白兎に大国主命が「ガマの花を使って治療するように」とアドバイスしたという有名な場面がありますし、はじめて文字を発明したシュメール人の紀元前3500年前ごろの文書には「喜びの草」としてケシのことが書かれています。さらに、最近の研究ではアフリカに野生しているチンパンジーも食用植物と区別して薬用植物を使っていることが明らかにされています。このように、薬用植物利用というのは、「中国漢方3000年の歴史」 などというテレビのCMを越えて、おそらく数万年以上の歴史、人類の誕生あるいはそれ以前からの歴史を持っていると考えられます。薬用植物というのは、このように数万年を通じての使用経験を踏まえて、無効であったもの、毒性の強いものは捨て去られ、確実に効果のあったものが伝承されてきたと言えます。すなわち、薬用植物は数万年にわたる人体実験、臨床試験を経てきたものと言えるでしょう。
ところが、最近の「健康ブーム」 の中で、 今まであまり使用経験のない植物に、急に「神秘の○○」とか「驚異の○○」とかいって騒がれる植物があります。このようなものは、歴史の臨床試験が済んでいないわけですから、その効果は海のものとも山のものともわかりません。本当に有効なものなら、数十年後、百年後にも使われ続けているでしょうし、効果がなければ、すぐに忘れ去られてしまうでしょう。臨床試験が済んでいる「古い」薬用植物を安心して使う、これが薬用植物の賢い利用方法ではないでしょうか。

医薬品としての薬用植物

薬用植物は「薬」なのですから、使い方を誤れば当然様々な有害作用がでてきます。植物の利用による事故で最も多いものは、種類を誤って使うことによるものでしょう。薬用植物では、天ぷらにすると美味しいコンフリー(ヒレハリソウ)の葉と間違ってジギタリスの葉を服用してしまうケース、山菜のニリンソウと間違えてトリカブトの新芽を食べてしまう事故や、チョウセンアサガオの根や葉を誤食する事故がよく起こっています。

また、正しい植物を利用しても、副作用がないという迷信から過量に使用してしまう例もあります。骨盤内充血作用があるアロエを、健康によいと聞いて一生懸命に服用した妊婦が、ひどい下痢を起こして流産してしまったという報告もあります。「薬」である以上、予期せぬ副作用が出ることもあります。何かおかしいと感じたらすぐに服用を中止して、医師または薬剤師に相談するようにしましょう。

 

危険な薬用植物の例

ジギタリス
トリカブト
ケシ

薬用植物を医薬品として使用する時は、「生薬(しょうやく)」と呼びます。薬用植物と生薬の違いは何でしょうか?例えば、オタネニンジンは日本人や中国人にとってはたいへん有名な薬用植物ですが、医薬品として用いるのはその根だけです。植物を堀りあげて根だけを収穫し、水洗いした後によく乾燥したものが実際に医薬品として用いる生薬で、この生薬には人参(朝鮮人参や高麗人参ともいう)という名前(生薬名)がついています。つまり、使いやすいように、そして保存しやすいように、そして流通する過程で変質しないように、植物のうち薬にする部分だけを乾燥したものを生薬と呼んでいます。本書で紹介している「使い方」で示されているグラム数は、特に指定されていない限りはこの乾燥したものでの重さになります。収穫した直後のものを使用するときは、水を含んでいる分だけ量を増やす必要があります(おおむね2〜3倍量となります)。

また、医薬品という商品として薬用植物が利用されるときは、植物の種類を間違えたりしてはいけませんし、食用と比べると価値が高くなることから、わざと形のよく似ている別の安い植物が使われたりするようなことは、決してあってはなりません。そこで生薬には、その素材が正しい植物の正しい薬用部位を原料にしていることを保証する「日本薬局方」という規格があり、薬局で薬剤師などの専門家が販売しています。裏を返せば、生薬となっていない薬用植物を使用または購入することは、その素材の品質(正しい植物の正しい部位)は自分で判断しなければなりません。粉末になったもの、カプセルや錠剤に詰められた状態の薬用植物は、品質の善し悪しを判断することが難しく、粗悪品もよく流通していますので、注意が必要です。

民間薬と漢方薬

もう一つ、民間薬と漢方薬の違いについても、よく理解をしておきましょう。民間薬というのは、民間での伝承(言い伝え)に基づいて使われている薬用植物のことで、下痢にはゲンノショウコ、胃もたれにはセンブリなどがこれにあたります。これらは対症療法(症状に対してのみ有効で、原因から病気を治しているわけではない)的に用いるものが多く、また1種類の薬用植物を用いることが普通です。私たちが比較的安心して使えるのは、このような民間薬としての薬用植物であり、この小冊子でも、そのような使い方を解説しています。
一方、漢方薬は漢方医学で用いられる薬です。漢方医学とは3世紀頃の中国大陸の医学が日本に伝わり、日本で独自の発展を遂げた伝承医学のことです(中国伝統医学は「中医学」と呼ばれ、漢方医学とは異なる生理学、病理学、薬物学の理論となっています)。漢方薬は、その医学理論に基づいてさまざまな生薬が配合された処方となっていることが民間薬とは異なります。例えば、よく知られた葛根湯には、葛根(クズの根)、麻黄(マオウの地上茎)、生姜(ショウガの根茎)、大棗(ナツメの果実)、桂皮(シナニッケイの樹皮)、芍薬(シャクヤクの根)、甘草(カンゾウの根)の7種類の生薬が配合されています。漢方薬は充分な専門知識をもった医師、薬剤師の管理の下に使わなくてはならないものです。

薬用植物の使い方

1.使用量について
これは、薬用植物の種類によって異なります。第二部のそれぞれの薬用植物の項目で使用量を書いていますが、これは大人の一日あたりの量です。大人というのは、 体重が60 kg程度の人を標準にしています。ただし、少しぐらい痩せていても、この量を使って問題ありません。むしろ、体重が非常に多い人、例えば100 kgを越えるような人の場合には、少し量を増やしたほうがいいでしょう。子供の場合は、体重と年齢を考えて大人一日量の3〜2分の1量を使います。

2.煎じて服用する
大人一日量を適当な容器にいれ、500〜600 ml(具体的には、それぞれの薬用植物の項を参照してください)の水をいれ、沸騰するまでは強火で、沸騰後は弱火で、水の量が最初の大体半分ぐらいになるまで加熱します。火を止めてからはすぐにカスを濾してし、煎液を1日2〜3回に分けて服用します。すぐに服用しない分は密閉容器にいれて冷蔵庫で保存します。煎じる容器は、土瓶やガラスポットが理想的ですが、アルミ鍋などでもかまいません。鉄ナベは、薬用植物の成分が鉄を吸着して胃を荒らすことがありますので、避けたほうがよいでしょう。
漢方薬もそうですが、煎じ薬は通常は食前または食間に服用するのが普通です。1日分を分けて飲みますので、残った分は冷蔵庫に保存することが望ましいですが、1日くらいは室温でも大丈夫なことが多いです。冷蔵庫で冷やしたときは、飲む直前に電子レンジなどで温めて飲むほうがよいでしょう。

3.薬用茶を飲む
味のよいものについては、薬用植物ををお茶がわりにして飲む、ということも出来ます。煎じ薬と薬用茶の違いは、濃度です。煎じ薬は水の量が半分程度になるまで煮つめて作りますが、薬用茶の場合は、一つかみ程度の薬用植物の葉や茎をやかん一杯の水にいれて、さっと煮出して終わりです。ゲンノショウコなどは、煎じ薬として飲むと下痢を止めますが、ゲンノショウコ茶として、薄くして飲みますと、胃腸の働きをよくして便通を整えますので、常習性の便秘にも効果があります。

4.薬用酒を楽しむ
薬用植物をホワイトリカーや焼酎に浸して、薬用酒を作って飲むこともできます。ただ、あまり口あたりのよいものを作ってしまうと、ついお酒が進んで、薬用植物が効いているのか、アルコールで元気になっているのかわからないということになりかねません。こうなるとアルコールの害のほうが心配です。1回10〜15 mlを、1日2回まで、というのが適切な飲み方でしょう。
生の植物を漬ける場合はホワイトリカーは35度のものを、乾燥した植物の場合は25度のものを使います。グラニュー糖または氷砂糖を加えますが、果実酒とは違って少な目にしてください。甘味は控えめにしておいて、服用時に好みでハチミツなどを加えるほうがよいでしょう。通常は2〜3カ月つけておいてから、中味を引き上げます。

5.外用する
虫さされにドクダミの葉を使うように外用剤として薬用植物を使う場合があります。このようなときには、生の葉をそのまま揉んで塗りつけるのが最も簡単です。アルミホイルの上に生の葉を置いて少し火であぶるとドロ状になりますので、これをガーゼなどに塗ってから患部に当てるという方法もあります。
消毒用アルコールに生の植物を漬け込んでおき、その液を塗ることもできますし、薬用植物を煎じてその煎液を塗る場合もあります。具体的には第二部の記述を参照してください。

6.薬風呂にはいる
薬用植物を使った入浴剤も市販されていますが、家庭で手軽に薬風呂を楽しむこともよいことです。さらしや2〜3枚重ねにしたガーゼで袋を作り、適当な薬用植物を詰めて湯船に入れておく方法や、薬用植物を内服するときと同じように煎じて、煮詰めた煎液を湯船のお湯に混ぜるやり方があります。体を温めたり、痛みをとる効果がある薬用植物を使うととても効果的です。もちろん、肌にあわないというケースもまれにはありますから、その様な場合はすぐに入浴を中止して、よく洗い流してください。

7.保存
薬用植物を保管するときの大敵は、虫とカビです。水分があると虫やカビがつきやすくなりますので、薬用植物を保存するときは、まずしっかりと乾燥することが重要です。薬用植物を乾燥するときは、香りのよい植物は風通しのよいところで温度が高くならないように陰干しますが、普通は日干しでさっさと、かつしっかりと乾燥します。
保存は密閉容器に入れて、冷暗所に置いておきます。市販の乾燥剤などを一緒に入れておくとよいでしょう。香りの良い薬用植物では、密封容器で保管するほうが香りが長持ちします。保存条件がよければ、数年は使用可能です。
なお、薬用植物を煎じた液体の状態では、冷蔵庫で保管してもカビが生えてくることがありますので、冷凍庫に保管します。カゼを引いてすぐに使いたいときなどには、冷凍保存された煎じ薬はすぐに使えるので便利です。

第2部 身近な薬用植物

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