パースルフィドは、システインパースルフィド(CysSSH)やグルタチオンパースルフィド(GSSH)、ポリスルフィドなど、連続した硫黄原子を含む反応性の高い硫黄種の総称です。これらはタンパク質のS-スルフヒドリル化を介して、CaMKII、Keap1、GAPDHなどのタンパク質の構造や酵素活性を制御することが知られています。また、パースルフィドは活性酸素種(ROS)と高い反応性を示し、抗酸化物質としても機能します。一方で、反応性が高く不安定であるため、生体内における生成経路や生理的役割を解析することは容易ではありません。これまでに、酵素、ROS、光などの刺激に応答してパースルフィドを放出するドナーが開発されてきました。特に光応答性ドナーは、照射する位置と時間を制御できるため、パースルフィドの時空間的な操作に適したツールであると考えられます。しかし、従来の光応答性ドナーには紫外光を必要とするものがあり、細胞への光毒性が生じるため、生細胞への応用には課題がありました。
そこで当研究室では、可視光に応答するパースルフィドドナーの開発を目的として、N-ジエチルアミノクマリン(DEAC)を光解除性保護基(PPG)として利用しN-アセチルシステインパースルフィド(NAC-SSH)を保護したNAC-SS-DEACを設計しました。しかし、予想に反して、NAC-SS-DEACは光照射によってNAC-SSHを放出しませんでした。詳細な解析の結果、可視光照射によってジスルフィド部位が光誘起互変異性化を起こし、一過的に「チオスルホキシド」を形成することが明らかになりました。このチオスルホキシドが、GSHやGAPDHなどの求核性チオールに対してサルフェン硫黄(S⁰)を供与することで、パースルフィドを生成していると考えられます。
さらに、このS⁰供与反応を利用することで、生細胞内のパースルフィドレベルを可視光照射によって制御できることが示されました。Na₂S₂などの従来のドナーは多くのタンパク質を非選択的にS-スルフヒドリル化するのに対し、本手法では光照射位置や時間を制御できるため、特定のタンパク質や細胞内局所におけるS-スルフヒドリル化の生理的意義を解析するための有用な手段になると期待されます。
(2022年度学士卒 吉野君、2025年度修士卒 森山君による研究)
